ママは歯科衛生士

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ようこそ。あなたの知らない歯の世界へ

「声の出ないぼくとマリさんの一週間」はやさしさの教科書

 

 

 

こんにちは。歯科衛生士のナカタ コマチです。

 

 

今日ご紹介する本は

声の出ないぼくとマリさんの一週間」という児童書です。

 

 

 

どうやってこの本のすばらしさをお伝えすればいいのか、とても悩みました。

 

 

一般的に児童書というと、たとえそれが物語であっても、なんらかの教訓めいたメッセージが陰に陽にちりばめられていて、ときにそれが感情移入をさまたげる要因になったりもしますよね。

 

 

でも、この「声の出ないぼくとマリさんの一週間」にはそんな教訓めいたお言葉が出てこないぶん、読んだ本人が自然となにかを感じることができる内容になっています。

 

 

簡単にあらすじを紹介すると、

 

 

あることがきっかけで学校にいけなくなり、声を出すこともできなくなった少年が、ママのアメリカ出張中に、ママの親友「マリさん」の家で一週間を過ごすことになって…。

 

 

というものなのですが、

 

 

まずメインの登場人物である「ぼく」と「マリさん」の人物設定から引き込まれてしまいます。

 

 

先ほども紹介しましたが、「ぼく」は学校に行けなくなって声も出せなくなった少年で、「マリさん」はオネエ(オカマさん?)です。

 

 

どちらも繊細な感性とやさしさをもった性格で、ふたりのやりとりを読んでいると、おもわずふたりとも横からギュッと抱きしめてあげたくなるようなシーンがたくさんあります。

 

 

「だいじょうぶよ。心配しないで。どうしてしゃべんないの、なんて、あたし、ぜったい聞かないから。だって、聞かれたって説明できないこと、あるでしょ。言いたくないことだってあるし、どうだっていいこともあるわ」

 

 

説明できないこと、言いたくないこと。

そういうことはあって当然だし、そんなことよりも大事なことはもっとほかにある

 

 

明るく振るまうマリさんの言葉には、明るさと哀しさが同居していて、次第にそれを受ける「ぼく」に響いていく様子が伝わってきます。

 

 

また、繊細な「ぼく」は、アメリカ出張へでかける準備をしているときのお母さんが、いつもより楽しそうなのを敏感に感じていましたし、

 

マリさんとの共同生活中にもこんなふうに感じる瞬間があります。

 

「ああ、なんだか、しあわせ」

マリさんが、いった。

ぼくはママのことを思った。ママは、しあわせなんだろうか。

(今は、しあわせだろうけど……)

 

 

アメリカでバリバリ働いている今はきっとしあわせなんだろう。(ぼくといるいつもの生活はしあわせじゃないんだろうな……)

 

 

こんな思いがありますから、ママが出張に出かける時、マリさんと駅で待ち合わせる約束をしているときも「ぼく」はこんなことを考えていました。

 

(もし、マリさんが来なかったら、このままどこかへ行こう。消えてしまうんだ)

キャッシュカードをママにわたされた。お金は、銀行にたっぷりはいっているはずだ。

(チャンス……)

ずっとずっと考えていたことだもの。ぼくがいなくなったら、ママはさいしょ悲しむだろう。でも、すぐにさっぱり、すっきり。

きっとそうさ。大好きな仕事を、いっぱいするんだ。

 

 

こんなにせつない気持ちってありますか。

 

 

純粋で、それゆえにひねくれた態度、読んでいて胸をつかまれる次のようなシーンもあります。

 

 

(オトコなのに、どうしてオンナのかっこうするんだろ)

(中略)

(みんなに、わらわれているのにさ)

(中略)

茶碗の中を箸でつついていたら、ぽつんとマリさんが、いった。

「シンちゃん、いやなら、残していいのよ」

ぼくは、茶碗と箸をテーブルの上に置いた。

カッチャン、びっくりするぐらいふきげんな音がした。こんなふうに、置くつもりはなかった。ふつうに置くつもりだった……。

(中略)

ーーいやな子。

マリさん、そう思っているさ。

ーーあずからなきゃよかった。

後悔しているさ。

(中略)

しばらくして、マリさんがいった。

「ああ、おいしかった。ごちそうさま。これで、元気いっぱい」

明るい声だった。

でも、ぼくはふりむけない。まっすぐテレビを見つづける。

マリさんが、テーブルの上を片付けている。鼻歌を歌っている。

(悪い子だ。ぼくは、ほんとうに悪い子だ……)

「そうだ、シンちゃん。お風呂、いってらっしゃいよ。近くにあるの、<松の湯>。大きくて、気持ちいいわよ」

(お風呂もないんだ……)

ぼくは、首を横にふる。

ーーすなおじゃない子。

マリさんは、どんどんぼくをきらいになっている、きっと……。

腕時計を見た。

七時五六分。時間は、ゆっくりゆっくり過ぎていく。

ママは、まだ海の上だ。ぼくのこと、もうわすれているかもしれない。

 

 

物語の最後には、ぼくとマリさんの心は通じ合い、ぼくは声も出せるようになります。

 

 

また、お母さんのほんとうの気持ちにも気づきます。

 

 

ストーリーだけを追えば、ありきたりな話なのかもしれません。

 

 

でも、この本の魅力はストーリー展開ではありません

 

 

ストーリーの中で交わされる会話の一言一言、ぐさ、行動…そんなひとつひとつのパーツに宝物のようなやさしさときらめきがつまっています

 

 

「声の出ないぼくとマリさんの一週間」の魅力は、読んでみないと伝わらないものだと思います。

 

 

今回はちょっと感情的になってしまいました。。

 

 

でも、とてもすてきな本ですので、もし興味をもたれた方はぜひご一読してみてください。おすすめします。

 

 

 

 

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